訴えの提起と応訴B

B、どこまで訴えを続けるか、応訴を続けるか
  地方裁判所の一審判決に対し、相手方が高等裁判所に不服申立(控訴といいます)をしたときは、必ず応訴いたします。問題は、敗訴(全部敗訴、又は、重要な部分の一部敗訴)したとき、控訴を提起するかどうか、最高裁判所にまで不服申立(上告といいます)するかどうかです。

 裁判所の「審級」を示します。
  神戸地方裁判所(本庁のほか、尼崎・伊丹・明石・柏原・姫路・社・龍野・豊岡・洲本の各支部)
      ↓
  大阪高等裁判所(神戸のほか、大阪・京都・奈良・大津・和歌山の、各地方裁判所判決の控訴審)
      ↓   
  最高裁判所
   (大阪のほか、東京・名古屋・広島・福岡・仙台・札幌・高松の、各高等裁判所判決の上告審)

 判決の核心は、
  ・証拠をどうみるか(見方によって事実が変わってきます)、
  ・事実をどのように評価するか(社会常識の違いによって、見解が異なってきます)
   その結果、事実に、ある条文が、あてはまるか否かによって、結論が導き出されます。

  証拠をみて、どのような「事実」があったかなかったかは、専門家である裁判官に委ねられています。ところが、「事実」に対する評価は、裁判官が一般人より秀れているとは必ずしも言えず、むしろ、豊かな人生経験を有する者(経営者、評論家、学者、マスコミの人間、その他、自営業者、会社員の方々など)の方が、正鵠(せいこく)を射る場合が多いのではないかとも思われます。裁判官によっても、「事実」の評価は変わります。

  例えば、県立高校のテニス部員だった女性が、テニス部の練習中、熱中症で倒れ、重度の後遺障害が残ったとして県を訴えた事件で、一審判決は、顧問教諭の過失を否定して請求を認めず、二審判決は、教諭の指示・指導すべき義務違反を認め、県に約2億4,000万円の支払いを命じました(平成27年1月判決、上告審で、二審判決が確定)。

  また、11才の未成年者が、校庭でサッカーボールを蹴って、ボールが道路へ転がり出たところ、ボールを避けようとしたバイクの老人が転倒して死亡、一審・二審の判決は、父母の監督責任を認め、約1,200万円の支払いを命じていたところ、上告審で、父母の監督責任は否定され、賠償義務はなくなりました(平成27年4月判決)。

  認知症の男性老人が、JRのレールに迷い込み、列車に轢かれ死亡、そのためJRが乗客を私鉄に代替輸送した経費を損失として、老人の監護者(妻や息子)に賠償請求の提訴をしたところ、一、二審判決は、これを認めましたが、上告審は、これを認めず、JRの敗訴が確定しました。
  このように、教諭の過失の有無とか、親の監 督責任の有無とか、監護者の監督責任の有無とかは裁判官の見方によって、コロコロ変わりうるのです。

  よって、社会常識の違い(物の見方の違い)によって、結論がどちらに転ぶかわからない事件は、一審であきらめず、二審や上告審を、少なくとも、控訴の提起を検討すべきと思います(一般的に日本人は、一審の裁判の結果に対し、極めて淡白というか、あきらめやすいところがあり、一審判決でやめてしまうことが多いのです)。
  
  国・地方自治体・大企業の場合、ほとんど、訴えられる(被告となる)例が多く、敗訴判決に対し原則として、最高裁判所まで上告することが極めて多く、上告審判決で「確定した判決」が法律だと考えているのではないかと思われるぐらい、徹底して争うのが通例です。